5月下旬以降、北海道では震度4の地震が相次いで発生、震源地は、十勝地方、北海道東方沖、釧路沖など道東地方を中心としたエリアで地震活動が続いている。北海道の沖合にある千島海溝沿いには、地震発生確率の高いエリアも数多くあることから、「もともと北海道の太平洋側は全国的にみても地震が多い場所で、今回の地震を過度に気にする必要はない」と言われているものの、筆者にとって北海道は、千歳で部隊勤務をスタートし、札幌を経て、最後に帯広で退官という、3度も勤務した思い出の多い地域の地震のニュースであり、大いに気になることから、少し調べてみることにした。
5月26日から6月1日までの期間、国内では震度1以上の地震が34回あったが、北海道では震度4の地震が多発し、2日午前3時52分ごろには十勝の大樹町と浦幌町で、震度4の揺れを観測する地震が発生した。震源は十勝沖で、震源の深さはごく浅く、地震の規模を示すマグニチュードは6.3、この地震による津波は無かったが、この地震で注目したのは、北海道の一部で長くゆっくりとした揺れ「長周期地震動(long-period ground motion;LPGM)」が観測されたことである。長周期地震動で分類されている4つの階級のうち最も小さい「階級1」の揺れを観測したのは、帯広市、苫小牧市、厚真町、浦河町、それに新ひだか町である。長周期地震動は規模の大きな地震で発生する周期が2秒を超えるような大きくゆっくりとした揺れで、特に高層ビルなどで影響が出る。気象庁は階級1の揺れは「やや大きな揺れ」で、高い建物の室内にいるほとんどの人が感じ、ブラインドなどのつり下げたものが大きく揺れるとしている。
地震が起きると様々な周期を持つ揺れ(地震動)が発生するが、長周期地震動は、ゆっくり繰り返す長い周期の地震動のことで、マグニチュードの大きい地震ほど長周期の揺れを出し、短周期の揺れに比べて減衰しにくいため遠くまで伝わる特性がある。大都市では柔らかい堆積層が平野を厚く覆っていることから揺れやすく、長周期の揺れが増幅される。高層ビルは長周期の揺れに共振しやすい固有周期(揺れやすい周期)を持っているため、長時間大きく揺れ続けることになる。
気象庁では、地震発生後直ちに震度情報を発表しているが、震度は地表面付近の比較的周期の短い揺れを対象とした指標で、高層ビルの高層階における長周期の揺れの程度を表現するのに十分ではない。このため、高層ビル内での的確な防災対応の実施に資するよう、概ね14~15階建以上の高層ビルを対象として、地震時の人の行動の困難さの程度や、家具や什器の移動・転倒などの被害の程度を基に揺れの大きさを4つの階級に区分した「長周期地震動階級」という指標を新たに導入した。これを用いて、長周期地震動により高層ビル内で生じたと見られる揺れの大きさの程度や被害の発生可能性等について知らせる「長周期地震動に関する観測情報」の試行的な提供を2013年(平成25年)3月から気象庁HPにて開始している。
この長周期地震動に関する観測情報は、施設管理者や低層階の防災センター等が高層階における被害の発生可能性等を認識し、防災対応を行うための判断支援、また、高層階の住民の方々が、震度とは異なる揺れであったことを認識することを想定して提供することとしている。(地震調査研究推進本部*広報誌「地震本部ニュース」)
*注;地震調査研究推進本部は、阪神・淡路大震災を契機として、我が国の地震調査研究を一元的に推進するため、地震防災対策特別措置法に基づき、1995年(平成7年)7月に設置された、文部科学大臣を本部長とする政府の特別な機関。
2011年に発生した東日本大震災では、震源から400キロ離れた東京・新宿の超高層ビルが、外にいる人にもわかるように大きく揺れるなど、この「長周期地震動」による被害が相次いだ。巨大なビルが大きく揺れるテレビ映像が茶の間に届き、驚かされたのは今でも強く印象に残っている。さらに衝撃なのは、このとき最も大きな揺れが記録されたビルが、震源地から770キロ離れた大阪にあったことである。高さ256メートル、大阪府の咲洲庁舎*では、揺れが10分以上続き、最上階の揺れ幅は最大で3メートル近くに達したと言われている。
*注;咲洲庁舎 (さきしまちょうしゃ)、 大阪市 住之江区 南港北(咲洲)にある高さ256m、地上55階・地下3階建ての 超高層ビル。 愛称「さきしまコスモタワー」。行政機関のオフィスを中心に、民間の事務所や店舗なども入る複合高層ビル。 旧名称は、 大阪ワールドトレードセンタービルディング、略称は「WTC」。
東日本大震災が発生した際の「長周期地震動」は、ビルの高層化が進む日本に大きな衝撃を与えた。しかし、この揺れを大きく上回る可能性があるのが、南海トラフ巨大地震で、東日本大震災のイメージで、「長周期地震動」の被害を想定するのは危険だと言われている。国の検討会は2015年、南海トラフでマグニチュード9クラスの巨大地震が起きた場合の「長周期地震動」の想定を公表。高層ビルが立ち並ぶ東京・名古屋・大阪の三大都市圏では、沿岸部で揺れ幅は2~4メートルと、最大で東日本大震災のおよそ2倍に。大阪の埋立地では、最大で6メートルに達するところもあるとしている。
今回北海道で多発する地震で長周期地震動が観測されたことで、遠い北国の地震であってもその影響が身近に起きることもありうることを教えてくれた。北海道太平洋側は、もともと地震活動が活発で、2003年には最大震度6弱を観測したマグニチュード8.0の十勝沖地震が起きているほか、千島海溝沿いでは、マグニチュード9クラスの巨大地震の発生が懸念されている。「地震は前兆現象がなく突然起こるもの」であることから、事前に備えることには限りがあるが、利用可能な情報はどんなものがあるか予め調べておくことも重要であろう。それは、「長周期地震動」が追加された「緊急地震速報」である。
気象庁は、2023年2月1日から緊急地震速報*(EEW)の発表基準に長周期地震動を加えることとし、これまで気象庁ホームページ上でのみ発表されていた長周期地震動階級などの観測情報について、震度などと同様にオンライン配信を行うこととした。また、長周期地震動階級4の緊急地震速報については地震動における特別警報と位置付けられている。
現在、長周期地震動の揺れの強さを、階級1~4の4段階で評価しているが、このうち、立っているのが困難な「階級3」、這わないと移動ができない「階級4」の発生が予想された場合に、緊急地震速報で警戒を呼びかけることになっている。
*注;緊急地震速報(Earthquake Early Warning: EEW)は、地震発生後大きな揺れが到達する数秒から数十秒前に警報を発することを企図した地震早期警報システムのひとつで、日本の気象庁が中心となって提供している予報・警報。2004年に一部試験運用を、2007年10月1日から一部の離島を除いた国内ほぼ全域を対象とした本運用を開始。
我が国は、外国に比べて台風、大雨、大雪、洪水、土砂災害、地震、津波、火山噴火などの自然災害が発生しやすい国土である。日本の国土面積は総務省統計局の世界の統計2022で全世界の0.29%しかないが、全世界で起こったマグニチュード6以上の地震の18.5%が日本で起こり、全世界の活火山の7.1%が日本にある。また、全世界の災害で死亡する人の1.5%が日本、全世界の災害で受けた被害金額の17.5%が日本という統計があり、世界でも災害の割合が高い国と言える。
自然災害による死者・行方不明者の数については、昭和30年代までは一度の台風や地震で1000人以上になることがあったが、堤防の整備や地震に対する技術の進歩などによって死者・行方不明者の数は1000人を超えることはなくなった。しかし、1995年(平成7年)1月の阪神・淡路大震災では、死者・行方不明者が6437人となり、2011年(平成23年)3月の東日本大震災では、阪神・淡路大震災の3倍以上の2万人を超える死者・行方不明者がでた。大規模な地震による被害の甚大さを痛感せざるを得ない。
いつ来るかわからない地震に、どう備えればいいのか皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。防災に関するご意見やご要望がありましたら、ぜひお寄せください。お待ちしています。
2025年6月10日
一般社団法人 防災訓練士協会
代表理事 安村勇徳
