2025年7月5日に起こるとされた大津波は起きなかったが、30日午前8時25分頃、ロシア・カムチャツカ半島付近を震源とする地震があり、日本の太平洋沿岸にも津波が押し寄せ、岩手県久慈市で1.3メートルに達するなど北海道から沖縄県にかけて0.1メートル以上の津波が観測された。気象庁は一時、北海道から和歌山までの13都道県に津波警報を発表、全国各地の自治体で一時、200万人以上が避難指示を受ける騒ぎになった。この時、SNSでは避難を呼びかける投稿などが多く見られた一方、津波の様子を撮影したとする生成AIで作られたとみられる偽の動画や、科学的根拠のない地震の“予知”などに関する投稿が出たという。林官房長官は記者会見で、SNS等で津波に関連した根拠不明の情報が確認されたとして、「災害に関する情報は、自治体や報道機関で確認してほしい」と異例ともいえる呼びかけがなされた。
漫画家の予言が「的中した」という投稿などが相次いでいるのは、「大津波予言」の余波は少なくなかったことに他ならない。ちなみに、ヒイラギ通信5月号で紹介した予言の発生源である「たつき諒」著のマンガ本『私の見た未来 完全版』が100万部を超える売れ行きだった。これに加え、様々な動画やSNSが拡散し海外にも噂が広がったことで、思いがけない影響が発生した。日本政府の観光局の発表によると、5月の香港からの訪日外国人観光客は前年同月比で11.2%も減少、香港と直行便を運航する空港持つ鳥取県などへの影響も大きく、米子空港では搭乗率の低下で定期便の運休を余儀なくされたという。
予言とは異なる地域での災害については、アメリカ南部テキサス州では大雨の影響で、7月4日の未明に川の水位が急激に上昇し、サマーキャンプに参加していた子どもたちをはじめ大勢の人たちが川に流されるなど大規模な洪水の被害が発生、死者が120人にのぼり、160人以上の安否が不明となっている。この大雨と洪水への行政機関による対応の検証も大きなテーマになる見通しで、災害用の警報システムなど防災インフラの整備や、非常時の情報伝達の強化など州議会で議題にされるという。
一方、我が国では6月下旬から鹿児島県のトカラ列島で群発地震が発生し一時島民が避難する事態になった。さらに、鹿児島・宮崎両県にまたがる新燃岳(1421メートル)は2018年6月以来となる噴火が6月22日に発生し、その後も10日にかけて断続的に噴火が起きている。一時、噴煙が火口から5000メートルに達し、周辺山麓で鳴動が、霧島市では多量の降灰があり、噴煙の影響で鹿児島空港を発着する計90便が欠航した。
鹿児島県・トカラ列島近海を震源とする地震は、多くの揺れが観測されており震度1以上の有感地震が2100回を超えている。7月3日には十島村の悪石島で最大震度6弱を観測、地震の規模を示すマグニチュードは5.5だった。これに対し一部のSNSユーザーが、トカラ列島で群発地震が起きると日本の別の場所で大地震が起こるという「トカラの法則」とされる説を持ち出し噂が拡散されていると側聞した。気象庁は繰り返し「7月5日大地震説」を否定してきたが、SNSでは心配の声がやまず、避難を宣言するユーザーも登場する騒動となったようである。
トカラ列島近海で頻発する地震は、海底にある活断層が「横ずれ断層運動」を起こしたもので、この付近では、2021年12月にもM6.1が発生しており、同様の海域で群発地震が再発したこととなる。トカラ列島近海では、東側から太平洋底をつくる「フィリピン海プレート」とその上部に乗る「奄美海台」と呼ばれる海底の隆起部が、トカラ列島や沖縄本島のある「ユーラシアプレート」の下に沈み込んでいる。この境界には「琉球海溝」と呼ばれる長さ約1000キロメートルの巨大な谷があり、M9クラスの「海溝型巨大地震」の震源域とも重なる。また、トカラ列島の西側には「沖縄トラフ」と呼ばれる海底が拡大しつつある凹地があり、いずれも世界でも地殻変動が盛んな地域である。
現在のトカラ列島近海の海底では、プレートの沈み込みによって絶えず地殻に応力がかかり、蓄積されたゆがみに耐えきれなくなった陸側のユーラシアプレートの上部が割れ、横ずれ型のほか上盤側がずり下がる正断層型の直下型地震が頻発している。なお、この海域には断層だけでなく古い火山の痕跡もあり、地下深部ではマグマが上昇しつつある可能性もある。例えば、今回の群発地震では深さ30キロメートルと深い場所が震源の地震もあり、活断層だけでなくマグマの活動が関与している可能性も否定できないとされている。
このように地球を覆う地殻では様々な要因が重なり、変動を繰り返し時に地震を引き起こすことになる。抗うことのできない大自然の力には人類の宿命すら感じるが、「トカラの法則」とはいったいどんなことなのか、大いに気になるところである。
「トカラの法則」とは、鹿児島県のトカラ列島で群発地震が発生すると、その後1〜2週間以内に日本列島の他地域で大きな地震(震度5弱以上)が起きるという経験則の一種である。この名称は、正式な学術用語ではなく、SNSや一部の地震観測者の間で使われ始めた俗称であるが、過去の事例の中に「トカラ列島で群発地震 → 国内で大地震」という流れが一定の頻度で起きていたことから、都市伝説的な広がりを見せているのである。
過去の地震の発生タイミングを見ると、この法則に「当てはまった」とされるケースがいくつかある。その代表的な事例は…。
- トカラ列島の群発と東日本大震災(2011年3月)
2011年1月、トカラ列島でやや強めの群発地震が発生、その2か月後の3月11日に東日本大震災(M9.0)が発生した。この2つの地震が時間的に極めて近接していたことから、後年になって「前兆だったのでは?」とする意見が一部で見られるようになった。しかし、当時の専門家は直接的な因果関係については明言しておらず、広域的なプレート運動の活性期にあったという認識にとどまっている。地震の因果関係を語る際には、時間的な近さだけでなく、プレート構造・震源の深さ・断層活動などを精査する必要があるとされる。
- トカラ列島群発地震とその後の連鎖的地震(2021年12月)
2021年12月2日から10日にかけて、トカラ列島近海で700回を超える群発地震が発生し、口之島周辺で最大震度4の揺れが何度も記録され、島民の生活にも大きな影響が出た。その直後、12月9日には山梨県東部・富士五湖付近で震度5弱の地震、同日夕方には和歌山県北部でも震度5弱の地震が発生した。これらの連鎖的な発生により、「トカラの法則がまた当たった」とSNSや地震ファンの間で一気に話題となった。気象庁はこれらの地震の因果関係については否定も肯定もしておらず、偶然の可能性も残されている。
- 能登半島地震(2025年1月)との関連性?
2024年12月下旬、トカラ列島で小規模な地震が数日間続けて観測されていたが、年が変わった1月1日、石川県能登半島でM7.6の大地震が発生した。このタイミングの近さから、「またトカラの法則が当たった」とSNSで再燃した。ただし、この事例も地理的距離やプレート構造が大きく異なるため、専門家からは「直接的な関係は不明」とされている。同じ時期にプレートの活動が活発化していた可能性はあるものの、あくまで“結果論”として扱われている。
この事例でわかるように、科学的な根拠が明確に示されていないにもかかわらず、多くの人がこの“法則”に注目しているのは、「経験的なパターン」が存在するように見えるからに過ぎない。地震を予測するためには、厳密な物理モデルや地殻構造、プレートの動きに関する科学的データが必要であるが、「トカラの法則」にはそうした裏付けがなく、過去にたまたま一致した例がいくつかあるに過ぎず、いわば「俗説」である。
では、「トカラの法則」がなぜ信じられやすいのか?これには、「後付けでも因果関係があるように感じてしまう」人間の心理傾向がある。トカラ列島の群発地震のあと、他の地域で地震が発生すると、まるで「やはりトカラ列島の揺れが前兆だったか」のように錯覚しがちである。これは“後知恵バイアス”と呼ばれる心理現象で、出来事が起きた後にその原因を過剰に結びつけてしまう傾向があり、一部のYouTubeチャンネルやSNS投稿が不安を煽るような内容で拡散することで、信じる人が増えていく構図になっている。
地震は毎年のように日本各地で発生し、トカラ列島でも一定の頻度で群発地震が起きている。仮にトカラの群発地震の後に他の地域で揺れたとしても、それが「法則通り」と言えるのか、偶然にすぎないのかを明確に判断するのは、現時点の知見では困難である。また、地震の発生地域や規模に明確な関連性が見られない場合も多く、地震発生のメカニズムそのものが非常に複雑であることから、単純な“法則化”には慎重になる必要があろう。
このように「トカラの法則」には科学的な正当性がないが、防災意識啓発の糸口となるならば、それなりの意味がある。「トカラ列島で地震が多いときは、離れた場所でも揺れに注意しよう」と考え、日頃の備えを見直す機会になるなら、単なる予言や噂としてではなく、 “ある種の注意喚起”として冷静に受け止めることが有用であろう。不確かな情報に踊らされず、気象庁などの公式発表やハザードマップ、防災指針に基づいて行動することが基本であることは忘れてはならない。
2025年8月10日
一般社団法人 防災訓練士協会
代表理事 安村勇徳
