「自助・共助・公助」という考え方は、日本の災害対策の基本理念として非常に広く普及している。特に東日本大震災以降、この三つの概念は政府、自治体、地域社会、教育現場などで繰り返し強調され、災害に対する意識を高める重要な枠組みとなっている。
この三本柱は、災害が起こったとき「初動はまず自助と共助」が要であるとして、公助に頼りすぎないことの重要性を訴えるものでもある。実際のところ、大規模災害の初期段階では、行政による支援がすぐに行き渡らないケースも多く、自助・共助の備えが被害の軽減に直結する。災害対策に関する活動や教育では、この理念をもとに「地域防災力の向上」が強く求められている。防災の基本理念としての「自助・共助・公助」は、個人や地域に限らず、企業にとっても有効な枠組みであり、企業防災の観点からこの三つの役割について再度確認するとともに、特に近年注目されている「共助」の具体的な取り組みについて考えてみたい。
企業にとって最初に取り組むべきは「自助」であり、災害発生直後に行政や他者の支援を待たず、自らの力で対応するために備えることが防災の原点である。具体的には、防災マニュアルの整備やBCP(事業継続計画)の策定、非常用品の備蓄、社員の安否確認システムの周知徹底、防災訓練の実施などがある。特にBCPは、災害による業務停止やサプライチェーンの断絶が深刻な経営リスクにつながる現代において不可欠な取り組みであり、社員の命を守ると同時に、事業の中断を最小限に抑えることが、企業にとって重要な社会的信頼の維持にも直結することになる。
「共助」は、他の企業や地域、自治体と連携して相互に助け合う仕組みであり、企業が地域社会の一員である以上、災害時においても単独で生き残るのではなく、「ともに助かる」ことを目指す共助の発想が不可欠である。たとえば、地元の自治体や消防、学校などと合同で防災訓練を行う、地域住民や帰宅困難者に対して一時避難場所を提供する、周辺企業と支援物資の融通協定を締結するなどの取り組みが進んでいる。これは単なるCSR*活動ではなく、企業の存在意義を高める実質的な貢献であり、社会全体の防災力強化にも資するものと言える。
*注;CSR(Corporate Social Responsibility;企業の社会的責任)とは
世界的に統一的された定義はないが、経済産業省は、「企業が社会や環境と共存し、持続可能な成長をはかるため、その活動の影響について責任をとる企業行動であり、企業を取り巻くさまざまなステークホルダー*からの信頼を得るための企業のあり方を指す」と定義している。
*注;ステークホルダー(Stakeholder)とは
企業やプロジェクトの遂行において、直接的または間接的に影響を与える利害関係者をいう。具体的には、従業員や顧客、投資家、サプライヤー、地域社会などがステークホルダーに該当する。
「共助」の中でも特に注目すべきは、運輸や物流などの機能を有する企業が、被災地への支援物資輸送を担う事例である。災害発生直後には、一般車両の通行が制限される中、特定の輸送企業には災害派遣車両と同様の通行許可が与えられ、緊急支援ルートとして活用されている。このように、企業の専門的なノウハウやリソースが災害対応に組み込まれることで、「共助」が限りなく「公助」に近い形で機能するケースあることは特筆に値しよう。
「公助」は、国や自治体による支援や制度を活用することである。災害時には、公的機関による救援物資の供給やインフラ復旧、避難所の運営などが行われるが、企業にとっても、防災関連補助金やBCP策定支援、災害時優先復旧制度などを活用することで、防災体制を強化することができる。ただし、発災直後は行政機能が麻痺することも少なくないことから、企業防災の中では「公助をあてにしすぎない」という視点も重要である。あくまで「自助と共助を基本とし、その上で公助による補完を期待する」という姿勢が求められよう。
社員の命を守り、事業を継続するための「自助」、社会や地域と支え合う「共助」、制度や公的支援と連携する「公助」、この3つが相互に補完し合うことで、企業防災はより実効性を増す。特に「共助」においては、企業の持つ専門性やリソースが社会全体の防災力を底上げする重要な要素となることから、今後、企業には単なる備えを超えて、「社会とともに生き残る」視点での防災活動がより一層求められていくこととなろう。
当協会では、企業の防災への取り組みの参考となる「オンラインセミナー」を実施しています。BCPへの取り組みや防災訓練などの具体的な事例を紹介して、企業の防災力の向上のお手伝いをしています。お気軽にお問い合わせください。
2025年10月10日
一般社団法人 防災訓練士協会
代表理事 安村勇徳
