去る2月20日、臨時国会の所信表明演説で高市早苗首相は、3月11日に発生から15年を迎える東日本大震災を巡り「東北の復興なくして日本の再生なし」と述べ、被災地の再建に全力で取り組む決意を示すとともに、災害対応を担う防災庁の今年中の設置に向け法案を提出すると表明した。国土強靭化(レジリエンス;Resilience)への取り組みがいよいよ本格化するものと期待される。
この15年間、我が国は複数の大規模地震に見舞われ、そのたびに新たな課題が顕在化した。昨年公表された「南海トラフ地震」および「首都直下地震」の被害想定見直しは、単なる数字の更新ではなく、むしろそれは、「社会と企業が抱える構造的弱点を直視せよ」という警鐘であると考える。本稿では、過去15年のエビデンスを踏まえながら、①何が明らかになったのか、②そこから何を学ぶべきか、③企業はどう備えるべきかについて、「単一点脆弱性(SPOF)」と「冗長化(Redundancy)」という二つの概念に焦点を当てて考察してみたい。
ここで取り上げる、単一点脆弱性(Single Point of Failure:SPOF)とは、そこが停止・故障すると、全体の機能が止まってしまう“唯一の要素”で、言い換えれば、「そこが壊れたら終わり」という構造的弱点を指す。一方、冗長化(Redundancy)とは、同じ機能を果たせる“予備”や“代替手段”をあらかじめ用意しておくことで、「1つ壊れても、止まらない仕組みをつくる」ことである。
- 何が明らかになったのか
15年間で示されたエビデンスで注目するのは、地震による被害を拡大させたのは「揺れ」か「依存構造」かである。いくつかの事例を挙げる…、
まず、決定的なエビデンスとして、「巨大地震は、社会構造の弱点を露呈させる」ということがあげられる。東日本大震災は、津波や原子力災害という未曾有の事態を引き起こしたが、同時に浮き彫りになったのは供給網の集中依存であった。特定地域に集中していた電子部品・素材工場の停止は、国内外の製造業に波及し、世界規模のサプライチェーン停滞を招いた。さらに、被害の拡大要因は「震度」だけではなかった。すなわち、一部が止まると全体が止まる構造、単一点脆弱性(SPOF)が、被害を幾何級数的に拡大させたのである。
地震がもたらす広域停電は、電力供給機構の連鎖停止が、その原因であった。2018年の「北海道胆振東部地震」では、大型発電所停止が北海道全域のブラックアウトへ波及した。一つの設備停止が、電力停止→ 通信停止→ 物流停止→ 金融・決済停止という連鎖を引き起こした。ここでも問題は発電所の損壊規模以上に、供給の集中構造であった。
地震の連続発生という想定外も経験することとなった。2016年の「熊本地震」では、震度7が短期間に二度観測された。一度の対応で安心するという前提は崩れた。復旧途中に再度最大級の揺れが襲う可能性がある。「一度壊れた後、もう一度壊れる」ことを想定しない構造は脆弱である。
また、地震による地理的孤立と物流断絶は、被害を拡大し災害救援や災害復旧を阻害する。2024年の「令和6年能登半島地震」では、道路寸断により孤立集落が多数発生した。半島という地理的条件が復旧を遅らせた。物流ルートが単線化している場合、それは典型的な単一点脆弱性(SPOF)となる。
昨年実施された大規模地震の被害想定の見直しは、災害の実像を具体的にイメージして防災対策に生かすことを求めるものだが、注目すべき点は、南海トラフ地震では太平洋ベルト地帯の同時被災、首都直下地震では首都機能停止が想定されていることである。これに共通するメッセージは明確で「効率化のために集中させた機能」が、最大の弱点になり得るということである。
- そこから何を学ぶべきか
このような15年間のエビデンスから主要な教訓として学ぶべきは、地震の「規模」ではなく被災地特有の「構造」であり、その最大リスクは、単一点脆弱性(SPOF)にある。単一点脆弱性とは、そこが止まると全体が止まる唯一の要素で、単一工場依存、単一サプライヤー依存、単一データセンター依存、単一電源依存等々、平時には効率的でも、有事には致命的となる。
更に、企業経営の効率化は脆弱性を内包する。近年の経営は、コスト削減・集約・集中によって競争力を高めてきた。しかしその裏側で、冗長性は削られてきた。「無駄をなくす」ことと、「余白をなくす」ことは同義ではない。余白の喪失は、回復力の喪失につながるのである。
災害対応で企業に求められる冗長化(Redundancy)は、“保険”ではなく“設計思想”である。冗長化とは、同じ機能を果たす代替手段をあらかじめ備えることである。それは無駄ではない。業務を中断させない、止まらないための構造的設計である。
BCP作成に不可欠な想定は、最低ラインとしてとらえる必要がある。被害想定は対策開始の基準であって、上限ではない。15年間の教訓が示す通り、想定外は繰り返される。よって「壊れない前提」ではなく、「壊れても止まらない前提」に立つべきである。
- 企業はどう備えるべきか
では、このような教訓に基づき地震災害に対して企業はどう備えるべきか…、
それは、「単一点脆弱性(SPOF)を可視化し、冗長化を実装する」ことにある。
そのためにまず行うべきは、自社の単一点脆弱性(SPOF)の特定である。問いは単純でよい。「ここが止まったら、当社は何日止まるか」業務、設備、人材、取引先、IT、電力、物流などあらゆる機能について洗い出す。
次に冗長化の具体策として必要なのは、
① 代替オフィスの確保、生産拠点の地理的分散など、拠点を分散する。
② 代替サプライヤー契約、在庫戦略の見直しなど、サプライチェーンの多重化。
③ 自家発電設備、複数通信回線、「クラウドのマルチリージョン*」利用などによる電力・通信の冗長化がある。さらに、業務の属人化解消、代替要員育成などによる人材の冗長化についても考慮する必要があろう。
*注;クラウドのマルチリージョンとは、地理的に離れた複数の地域にシステムを分散配置・運用するアーキテクチャ。これにより、片方のリージョンで障害が発生しても、もう一方のリージョンでサービスを継続することが可能になる。
この際、災害対策で基本とすべきは、72時間自律モデルの構築である。公的支援を前提にしない。最低3日間は自律的に事業継続できる体制を整えることが求められる。そしてこれに関しては、備蓄、安否確認、意思決定体制などについて、実動訓練で検証することが必要である。
さらに重要なのは、企業防災の強靭化(レジリエンス;Resilience)を、災害対策とするよりむしろ経営課題として位置付けることである。すなわち、企業にとって単一点脆弱性(SPOF)の存在は、経営判断の結果であり、冗長化への投資はコストではなく、事業継続力への投資である。災害時に止まらない企業は、信頼を失わない、市場シェアを維持できる、企業価値を高めることに注目する必要があろう。
まとめ
地震は大自然がもたらす大災害のひとつではあるが、地震による被害の実相は、人為的な要因、すなわち、事前の備えや対応の適否によって大きく異なる。企業防災の強靭化(レジリエンス;Resilience)の決め手は、「余白」の設計であるともいうことができる。
東日本大震災から15年の教訓は明確である。被害を拡大させるのは、地震の規模だけではない、依存構造である。単一点脆弱性(SPOF)を放置する企業は、小さな障害で全停止する。冗長化(Redundancy)を実装する企業は、損傷を局所化できる。効率化が進む時代だからこそ、意図的に余白をつくることが必要である。強靭化(レジリエンス;Resilience)とは、壊れないことではない。壊れても止まらない構造を持つことである。
東日本大震災から15年。今こそ、自社の単一点脆弱性(SPOF)を問い直し、冗長化(Redundancy)を経営戦略として再設計すべき時です。当協会は、強靭化のお手伝いができるよう災害対応の各種シナリオを準備してお待ちしております。いつでもお気軽にお問い合わせください。
2026年3月10日
一般社団法人 防災訓練士協会
代表理事 安村勇徳
