災害時のリーダーシップを考える

災害発生時の危機管理の適否は、被害を最小限にとどめ事業の継続や早期復旧を図るうえで極めて重要なファクターであり、組織を統括するリーダーにとって重要なテーマである。このような危機管理のノウハウは、有事において身の危険を顧みず任務に邁進する自衛隊員とりわけ幹部自衛官とって、その勤務の期間すべてを通じ習得すべき重要課題ともいえる。筆者が現役であった頃の様々な勤務経験の中で、印象に残るいくつかの事例を紹介し、災害時のリーダーシップを考えるうえでの参考に供したい。

ずいぶん昔の話で恐縮だが、防衛大学校の学生時代にまでさかのぼる。防衛学の教育を担当していた旧陸軍出身の教官が、ある日学生に質問を投げかけた。「貴官は小隊を率いて戦場で作戦行動中、不意に敵の集中射撃に遭遇し動きが取れなくなった。敵の射撃音が鳴りやまぬ中、部下たちは物陰に身を伏せ小隊長の指示を待っている。戦地で初めて受ける試練の場、「さあ!貴官ならどうする?」。小隊長の〝決心・処置″を問う教官の突然の質問に、学生たちは「どう答えればいいのか?」返答に窮した…。

教官の答えは、極めて簡潔明快で「タバコを吸え!」であった。予想すらしなかった突然の事態に慌てふためいて部下の前に醜態をさらすのは、最悪の結果を招き不可である。胸のポケットから煙草をゆっくり一本取り出し、「プカーと一服」おもむろに煙を吐けば心が落ち着く。それを見た隊員も「落ち着いて小隊長の指示を待つ」というのである。予想もしなかった教官の「タバコを吸え」には、多くの学生は戸惑った。生死をかけるような危機事態に遭遇したことなど皆無な若者にとっては、緊急時に果たすべきリーダーの役割やその重要性を理解できなかったからである。これを聞き筆者は、さっそく二十歳の誕生日を前にたばこを吸う練習を開始した。

実際に危機管理を体験するのは、大学を卒業して数年後のことである。1968年5月16日マグニチュード7.6の十勝沖地震が発生した。青森県東方沖の広い範囲を震源域として発生した地震で、東北地方の北部や北海道南部を中心に広い範囲で強い地震動が生じた。当時筆者は北海道千歳の部隊で、臨時教育隊の区隊長として新隊員教育を担当し、かまぼこ隊舎の教場で教育中であった。震度5。教卓に掴まってかろうじて立っているほどの激しい揺れに、新隊員は教官である筆者を注目し指示を待っている。室内にとどまると恐怖を感じるほどの揺れであったことから、即座に座学を中止し隊舎の前の広場に出るよう指示をした。

この部屋を「出るのは自分が最後だ」と決め、卓上に置いていた作業帽を取り上げゆっくり被りながら隊員たちの行動を見ていた。出口に殺到する思っていたら、驚いたことに教場に隣接する居室に向かって一斉に走り出した。隊員たちはそこでそれぞれに、自分のロッカーから取り出した帽子を被り、表に集合し整列した。後でわかったことだが、区隊長が帽子を被るのを見て自分たちも必要だと思い、まずは帽子を取りに居室へ戻ったのだ。帽子も被らず自分が真っ先に教場を飛び出していたら、隊員は我先に外へ出ようと出口へ殺到し混乱を極めたであろう。そう考えると、改めて緊急時にリーダーの行動が与える影響の重大さを痛感した次第である。学生時代に学んだ「タバコ」が「帽子」に代わって、危機管理におけるリーダーのあり方を教えてくれたといえよう。

南九州(宮崎県)の部隊で中隊長として勤務していたときの事例は、部隊の大きさが大きくなり小隊長よりもワンランク上のリーダーとしての危機管理の体験である。春先になると恒例の大きな演習場整備として毎年「野焼き」が行われる。連隊を挙げて実施する大規模な整備作業で、県境をまたぐ演習場の東半分側がわが連隊の担当である。西半分は鹿児島の連隊が参加している。まず演習場を取り囲むように各中隊を外側に配置。少しずつ火を入れ帯状に焼いて消しながら防火帯を作る。防火帯をまず整備してから演習場全体に火を入れるのである。

作業は順調に進みそろそろ昼休みの時間になると思われたころ、連隊本部から緊急情報が届いた。「隣の連隊が作業中の防火帯の火が突然燃え広がり延焼の恐れがある」とのことである。対応を誤り防火帯未整備の地域に燃え移ると、そこから演習場の外側の民有地に延焼することも起こりうるのだ。慌ただしく情報の確認などのやり取りが交錯する中、連隊本部からは対応のための指示が何もない…。どうするか? 迷っている暇はない。

我が中隊の担当地域の防火帯作業はほぼ完成していたことから、残り火の監視要員だけを残し、中隊の主力は車に乗って直ちに応援に駆けつけることができる態勢をとるよう指示をして連隊本部に向かった。

演習場が良く見渡せる展望のよい高台にいる連隊長のもとへ駆けつけ、中隊は〝臨時の移動消火隊″として行動する準備ができていることを伝えた。「おお!来たか!」連隊長のこの一声で連隊本部の緊張した雰囲気が一瞬、変わったように思われた。隣接連隊の火が飛び火して類焼する危機を目の前にしながら、現場の最高責任者としてこの緊急事態に何か対応しようにも、すべての部隊に防火帯作業を命じていて打つ手がなかったのである。「できること、やるべきことをやる」という、タイムリーな上下の指揮官の連携によって、延焼の危機にあった事態はほどなく無事収拾された。予期しない事態に組織的に対処するためは、リーダーはそれぞれが役割を果たすことが重要である。

いわゆるリーダーシップには、大きく分けて二つの役割(要素)がある。文字通り組織を率先して引張って行く「リーディング(Leading)」と組織を維持・管理・運営する「マネージメント(Management)」である。米合衆国ジョージア州のフォートベニング(Fort Benning)にあるアメリカ陸軍の歩兵学校のモットーは「フォローミー!(Follow Me;我に続け!)」である。これは軍人のリーダーシップを端的に表す〝合言葉″であり、常に部隊の先頭に立って行動する小隊長に最も強く期待される資質である。いろいろ考え悩み遅疑逡巡するよりも、単純明快な判断のもと速やかに行動に移ることがより重要なのである。

一方、部隊が大きくなればなるほど指揮官に期待される資質は、マネージメントの要素がより重要となる。慌てて行動しても判断を誤れば、修正は容易ではない。とりわけ組織が危機事態に陥っているときの判断の適否は、小部隊のそれとは比較にならないほど決定的である。進んで情報を入手し、何をなすべきかを判断し、それを実行できる態勢を整え、部下に実行を命じることが必要である。任務達成のため部下の先頭に立ち行動することよりも、与えられた責任と権限の中で任務を達成できる条件を整えることが、組織の管理者(リーダー)として求められる重要な役割である。

このような災害時のリーダーシップを体得するための重要な手段となるのが、防災訓練です。このため当協会は、防災訓練士の養成を推奨しBCPに基づく各種シナリオによる訓練の実施を提案するなど、リーダーシップ錬成のお手伝いをしています。お気軽にご相談ください。

2026年4月10日
一般社団法人 防災訓練士協会
代表理事 安村勇徳