企業価値としてのBCM ― 防災は「備え」から「経営」へ
自然災害やパンデミックなど、企業活動を脅かす不測の事態はいつ発生するかわからない。また、企業を取り巻くリスクは、近年明らかに質を変え、地震や豪雨といった自然災害に加え、感染症、サイバー攻撃、サプライチェーン寸断など、事業継続を脅かす要因は複雑化・常態化している。このような事業を脅かすリスクに備え、緊急時にいかに迅速かつ適切に対応できるかが事業継続を大きく左右する。
こうした環境の中で、防災への取り組みは企業にとって単なる安全対策ではなく、今や、企業を評価する重要な要素の一つとして位置付けられるようになりつつあり、危機的状況下でも事業を継続させるためのマネジメント手法、「BCM」が注目されている。本稿は、BCMについてBCPとの違いや、その意義、重要性、実施のポイントなどについて考察する。
自然災害の多発やサイバー攻撃など事業継続を脅かすリスクが増大する中、BCP(事業継続計画)の重要性は広く認識されるようになった。日本企業における普及はどの程度進んでいるのか?内閣府の企業調査によると、BCP策定率は、大企業で約76%、中堅企業で約46%、中小企業では約20%となっている。東日本大震災以降、特に大企業を中心にBCPは急速に普及したが、現在は伸びが鈍化し特に中小企業では依然として導入が進んでおらず、企業全体で見ると、まだ過半数がBCP未整備というのが現実である。
この様にBCP(計画)は、企業規模で大きな格差があるものの「普及期」であるのに対し、BCM(運用)はさらに遅れている。企業防災でより重要なのは、BCPを「作った後」の対応であるが、BCM(継続的運用)まで実施している企業は、大企業で約40%、中小企業では10%未満であり、多くの企業でBCPは作成されているものの、肝心の「定期訓練」「継続的見直し」「経営への組み込み」といった運用段階には至っていないのが実態のようである。言い換えれば、「計画はあるが、仕組みとして回っていない」企業が多数を占めている。
BCMとは「Business Continuity Management:事業継続マネジメント」の略で、企業や組織が、自然災害、システム障害、パンデミック、テロ攻撃などの緊急事態や危機的状況に直面した際に、重要な事業活動を継続または復旧させるための包括的な経営管理手法をいう。BCMは具体的な計画であるBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)を策定するだけでなく、BCPの運用や教育訓練、見直し、改善、リソース確保などを継続的に行う活動全体のことである。言い換えれば、BCPは具体的な計画であり、BCMはその計画を実行・管理するための包括的な活動である。
BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)では、緊急事態が発生した際に企業が事業を継続または迅速に復旧するための具体的な計画として、①リスク評価;どのようなリスクが事業に影響を与えるかを評価し、②対応策;緊急時にどのように行動するかの手順および、③復旧計画;事業を早期に復旧させるための具体的な手順を策定する。
一方、BCM(Business Continuity Management:事業継続マネジメント)では、BCPを実行するための管理プロセスとして、①計画の策定と実施;BCPを基にした計画を実行、定期的に見直し、②教育と訓練;従業員に対してBCPの内容を教育し訓練、③継続的改善;実施した計画の効果を評価し、必要に応じて改善などが中心となる。
このようにBCPは、災害や事故などの緊急時に、事業を継続・復旧させるための具体的な行動計画や手順を定めた「計画書」であるのに対し、BCMは、BCPの策定から運用、見直し、改善までを含む「マネジメント活動・経営手法」全体をさす。つまり、BCPはBCMという大きな枠組みの中で作成され、活用されるOutputの一つといえる。BCPはBCMの一部であり、BCMはBCPを効果的に運用するための枠組みで、BCPが具体的な計画であるのに対し、BCMはその計画を実行し、継続的に改善していくための管理手法である。
現代の企業経営において、BCMとして継続的に訓練や改善に取り組むことが、企業の持続的な成長には不可欠である。企業にとってBCMがどのような点で重要なのか?具体的には…。
〇 BCPを緊急時に有効に機能させるための体制整備
BCPは策定しただけでは意味がなく、緊急時に有効に機能しなければならない。BCMは策定したBCPが形骸化しないよう、定期的に見直して常に最新の状態に保ち、組織内に定着させ、緊急時に有効に機能させる役割を担う。継続的なマネジメントにより、その実効性が確保される。
〇 災害時などの事業継続
自然災害やサイバー攻撃、システム障害など、企業活動を脅かすリスクは多様化している。BCMに取り組むことで、不測の事態が発生した際の損害や事業への影響を最小限に食い止め、迅速な復旧と事業の継続が可能になる。
〇 国内外での必要性の高まり
突発的な事態にも事業を停止させない事業継続の重要性が注目されたのは、2001年のアメリカ同時多発テロ事件(9.11)がきっかけだといわれている。日本では、2005年に『事業継続ガイドライン』が策定され、以来大きな災害のたびに見直され、BCPの実用性の向上やBCMの普及、従業員などの安全確保の強化を促す改定版が出されている。
BCMの重要性は、国際的にも注目されていて、各国でガイドライン化が進められている。BCMの定義から実践方法、モニタリングなどの総合的な内容を示した国際規格があり、国内外でビジネスを円滑に進める上で、この国際規格に則った取り組みは不可欠であり、事業継続への取り組みを対外的に示すうえで重要となっている。
〇 取引先や協力企業からの信頼獲得
BCMへの取り組みは自社の事業継続だけではなく、顧客・取引先・株主など多くの関係者からの信頼獲得にも直結する。企業の中には取引先を選定する際に、BCMへの取り組み実績を確認しているところもあり、また、銀行から融資を受ける際もBCMが重視される傾向が強くなっている。このように、社会的な信頼獲得の面でもBCMへの取り組みが注目されている。
実際にBCMに取り組むにあたっての主要なポイントとなるのは…?
〇 継続的な教育・訓練の実施
BCMの実効性を高めるためには、従業員に対する継続的な教育と実践的な訓練が不可欠である。防災に関する研修でBCPの重要性や内容を繰り返し伝えるとともに、地震やシステム障害などを想定した訓練で実践的な対応力を磨き、訓練では役割分担の確認、連絡体制のテスト、安否確認システムの応答なども行う必要がある。
〇 定期的な見直しと改善
事業を取り巻く環境は常に変化しており、新たなリスクも次々と出現する。そのため、一度策定したBCPは定期的に見直し、常に最新の状態に保つことが必要である。事業環境や組織体制の変化、技術の進化などをふまえ、少なくとも年に1回、必要に応じ随時、全面的な見直しを躊躇なく行う必要がある。
〇 関係者との連携体制の構築
BCMの効果を高めるには、社内外の関係者との連携が不可欠である。特に主要な取引先や協力会社、行政機関と緊急時の連絡手段・役割分担・情報共有の仕組みなどを事前に協議し、連携体制を構築しておく必要がある。
この様に、企業の防災をより確実なものとするためには、BCPを策定するだけでは不十分であり、BCMを通じてその計画を実行可能なものにすることが重要である。BCPとBCMは企業が緊急事態に備えるために不可欠な要素であり、両者を適切に理解し、実施することが企業の事業継続性を確保するために重要である。BCPとBCMの構築が企業にとって重要なのは、①緊急時のスピーディな対応を可能にし、②従業員や顧客を守り、これにより、③企業に対する信頼に繋げるために他ならない。
大規模災害や広域災害など、甚大な被害が発生した際に、企業を存続させるうえで何よりも重要なのが対応の早さである。それは、災害後は地域全体が、被害への対応を行おうとリソースの奪い合いが始まるからで、状況把握がすばやくできず、緊急事態の体制をとるのが遅くなれば、周囲に先を越されてリソースが入手できない状態になり、事業が復旧したときにはシェアを奪われてしまいかねない。
大規模な事案が発生した際に、何よりもまず行うのは人命を守ること、安全確保である。この対応を誤って、後に遺族から訴訟問題を起こされた例もあるという。災害は突然起こるもので、あらかじめ判断と行動のルールを決めておき、実践的な訓練をとおして身につけておくことで、とっさの対応が適切に行えるようにしておく必要がある。また、災害発生直後に、その場にいる従業員や顧客の安全確保だけでなく、離れた場所にいる従業員の状況をリアルタイムで把握する安否確認や、応急対策・復旧対策に必要な人員配置の指示連絡を行う安否確認・情報配信システムの運用なども重要である。最悪の事態の中でも的確に動きを把握し、最適な対応の判断を行えるようにしておかなくてはならない。適切な初動対応は、事業縮小や従業員の解雇などの回避にもつながり、この意味においても、BCP・BCMは従業員を守るものとして期待されている。
BCP・BCMの構築により、外的な脅威の影響を受けず事業継続を図ることができるという企業姿勢は、取引先へのアピールにもつながる。近年のビジネスは、自社単体で成立する事業のほうがむしろ少なく、原料や部品の調達、製品の流通など、さまざまな事業者が関わり合って機能するサプライチェーンを意識した事業継続を考えておく必要がある。そのためBCPだけでなく運用管理するBCMまで構築する姿勢は、実行可能性の高い取り組みを進める企業だと認められ、取引先が平時のビジネスを安心しておこなえるかどうかを判断する材料にもなる。実際に、BCP・BCMについての取り組みに関する第三者認証の取得や具体的な取組実績の公開を、取引や融資の選定基準にしている場合もみられるという。
多くの企業でBCPは整備されつつあるが、しかし同時に、「作っただけ」の計画が少なくないことも想像に難くない。計画は時間とともに陳腐化し、組織は日々変化し、想定外の事象は必ず発生する。BCPは完成した瞬間から古くなる宿命を持っている。だからこそ、求められているのがBCMなのである。BCPが「文書」であるならば、BCMは「営み」であり、BCPが「災害への備え」なら、BCMは「企業経営」そのものであるとも言えよう。
計画の作成も計画に基づく訓練も、一度実施すれば終わりではない。組織変更、技術進展、取引関係の変化等々、企業は常に動き続けている。したがって、事業継続力もまた、継続的に見直され続けなければならない。防災訓練を繰り返し、計画を更新し、経営判断に反映し、サプライチェーン全体で共有する。こうした地道な循環こそが、企業のレジリエンス(Resilience:強靭性)を形づくる原点となる。
そして、このレジリエンスは企業の内側の問題にとどまらず、顧客、業界、地域社会、社員とその家族とも深くかかわりがある。災害時に供給を止めない企業は、顧客から信頼され、危機下でも雇用を守れる企業は、社会から評価され、継続的に備える企業は、投資家から選ばれる。すなわち、今や、防災はコストではなく、未来への投資であり、事業継続力は企業価値そのものになりつつあるといえよう。
BCPはゴールではなく、スタートラインです。これから企業に問われるのは、計画の有無ではなく、BCMとしてそれを回し続けているかどうかです。実際、投資家・取引先・社会が企業に求めているのは「災害に遭わない企業」ではありません。災害が起きても止まらない企業です。
当協会では、企業における防災訓練士の養成をはじめ、BCPの作成、計画に基づく防災訓練など、企業防災への備え強化するお手伝いを継続的にさせて頂いております。企業防災は、いま「備える時代」から「経営する時代」へと移行しています。その積み重ねこそが、次の危機の中で企業を支える力となるでしょう。
2026年5月10日
一般社団法人 防災訓練士協会
代表理事 安村勇徳
