5月10日号のヒイラギ通信で、一般的な防災訓練の種類として、連絡・通報訓練、初期消火訓練、避難訓練、応急救命訓練などの他、図上演習などがあることを紹介しましたが、今回は筆者が任官したての小隊長の時の体験談を紹介して、訓練の参考にしたいと思います。
北海道の某駐屯地で勤務していたある日の夕方、職務を終えて隊舎を出て駐車場に向かおうとしたとき、補給倉庫の窓から煙が上がっているのを発見した。とっさに火事だと判断して隊舎へ引き返し、駐屯地消防隊への通報と備え付けの消火栓からホースを取り出して初期消火に当たるよう所在の隊員に指示をした。後で気が付いたことだが、同行していたもう一人の幹部は、各中隊に補給品の緊急搬出を指示していた。
消防車も到着し本格的な消火活動が始まった。さらに火災呼集が発令され、平素の訓練どおり駐屯地所在の各部隊の隊員が当直幹部の指揮のもとに現場に集まってきた。しかし、「この集団が何をするべきか」を、誰も指示するものがいないことに気が付いた。本来駐屯地当直司令が全体を指揮することになっているが、混乱した現場ではその所在が分からない。これだけの人数が何もせずに火事を取り囲んで見ているのは…。
この時「若輩の新米小隊長」は意を決し、とりあえず目についた部隊を順次割り振り各中隊の補給品の搬出を指示(お願い)して廻った。何をすればよいかがわかれば行動は早い。その結果、補給倉庫の物品の焼失はごく一部にとどめることができた。
もう一つの経験は、自分が住んでいる下宿の火事である。駅前旅館の別棟の二階に間借りしていたある休日の午後、旅館の裏口の空き地で愛車の手入れをしていた時、母屋の2階から煙が出ているのに気が付いた。女将さんに大声で消防への電話を頼み2階へ駆け上ったら、廊下の突き当りの壁から大量の煙が噴き出ていた。
消火器を探しあて再び2階へ戻ろうとしたが、階段は煙が充満してとても上がれそうにない。女将に消防への通報が済んだか確認すると、話し中で電話が通じないという。替わって試してみたが全く駄目であった。その時は駅前の何台ものタクシーがけたたましくクラクションを鳴らしていたので、火事に気付いた何人もが同時に消防へ電話していたと思われる。水道に繋いだホースを使って消火を試みたが、水圧が急に低下したのか全く役に立たなかった。
そうこうしているうちに消防士が到着し、本格的な消火活動が始まった。ふと気が付くと、整備中だった車がその場所に見当たらない。探すと、誰かが気を利かして消火活動の邪魔にならないように、移動してくれたことが分かった。下宿の住人たちは、自分の部屋から何か大事そうなものを次々と運び出している。慌てて自室に戻り、担当している新隊員教育の成績記録を持ち出そうとカバンに手を出したが、散逸するリスクが頭をよぎり、結局机の引き出しに入れてあった受け取ったばかりの給料袋をズボンのポケットにねじ込んだだけであった。
この間、旅館の女将は客室をすべて見て廻り、残った人がいないかを確認するとともに、お客さんの荷物は歯ブラシ一本残すことなく持ち出していた。その一方、母屋の家具などはほとんど近所の人が運び出してくれたという。火事は2階の一部を焼失したが、幸い下宿への延焼は無く鎮火した。
今回は、ごく身近な災害として火災の体験を二つ紹介したが、火災発生時における初期消火と平素の訓練の重要性を教えてくれる事例である。
初期消火訓練では、どのような消火設備がどこにあるのかを確認し、その使い方を訓練しておくことが、火災発生時に早期に鎮火を目指し、延焼を食い止めるために重要となる。特に自社の建物から出火したときに、自社の被害が大きくなるだけではなく、近隣に被害を広げ、賠償問題や企業の信頼を失うことにつながりかねない。身近な消火設備である消火器や消火栓の操作手順を確認しておくことで、その場にいる人で初期消火活動を行い被害の拡大を防ぎつつ、消防車両が到着するまで従業員で適切な初期消火ができるよう備えることが必要である
火災など緊急事態への対処は、サッカーやラグビーのセットプレーと同様に、いざという時にチームとして迷わず行動できるよう、平素から練習を重ねることで、実行に移すことができる。火災呼集で所在隊員を集めるところまでは、何度も訓練をしていても、その後どうするかを訓練していなければ、動きが取れないのは体験談で紹介したとおりである。
緊急時の非常持ち出しについても同様で、備品や備蓄品、持ち出し品等の確認訓練も重要となる。特に、避難や情報収集に必要な備品等を、被災時にもしっかり持ち出せるよう訓練する必要がある。対象となる備品等は、① 情報収集用;ラジオ、予備電池、インターネット接続されたタブレット端末等、② 避難誘導用;懐中電灯、防災ビブス*、従業員名簿、ハンドマイク、雨具、救急用品、ヘルメット等、③ 避難生活用;水、食糧、衛生用品などがある。訓練時はまずこれらが持ち出しやすいようにまとめられているか、どこに置いてあるかを確認。また、不足している備品の有無や食糧の賞味期限もチェックが必要である。被災時は、どのタイミングで、誰が何を持ち出すかを決めておくことで、災害時の対応がスムーズになる。
災害発生時の対応の適否は、訓練の成果によって大きく左右される。特に訓練に充当できる時間に制約を受ける企業は、自社にとって重要な訓練はどのような訓練かをよく分析し、優先度の高い訓練を重視して計画的に実施することで、限られた訓練の機会を有効に活用し、効果的な訓練を実施することができる。当協会はそれぞれに置かれた特性を分析し、その会社にふさわしい訓練プランを提案し、その実施をサポートしてまいります。どうぞお気軽にご相談ください。
2024年7月10日
一般社団法人 防災訓練士協会
代表理事 安村勇徳
*注;防災ビブスは、災害時の救助活動や医療活動、ボランティア活動など向けのビブス。着用する人の所属団体・役割を示すことで、円滑な災害支援活動と身分証明の一助となる。災害時(訓練時を含む)は、社員だけでなく来訪者・帰宅困難者などへの対応にも有効である。
