企業が実施する防災訓練は、多くの制約の中で実施することが多い。訓練の機会が少ないことはもとより、実施したとしても多数の参加者を確保することは、恒常業務に及ぼす影響が大きいし、訓練の時期や期間も制限せざるを得ないのが実情であり、様々な工夫が求められる所以である。特に全社員を対象とした訓練は、その目的を絞り短時間で効果が期待できるように実施する必要がある。どのような訓練を優先して実施すべきかについては、それぞれの会社の特性によるが、全社員を対象とした訓練としてまず考えられる代表的なのは「安否確認訓練」である。
安否確認訓練は、災害発生時の安否確認をスムーズに行うための連絡・通報訓練で、緊急連絡網やあらかじめBCPなどで定めた連絡方法に基づき、社員の現在地・安否の状況・行動予定などを通報する。これにより被害状況を把握するとともに、通信連絡手段の確保を確認することが重要である。また救急や消防に通報をする必要がある事態発生など会社として対応に急を要する際には、通報時に必要な情報が何か、そのための通信手段は確保されているかを検討し、訓練に取り入れることも大切である。
筆者が陸幕運用課に勤務していた頃、防衛庁(当時)の本庁(内局、陸海空幕僚監部等)は六本木に在ったが、地震による激しい揺れを感じると電話が錯綜し、通じなくなる事態がたびたび発生した。庁内の各部署が関係先に連絡を取ろうと一斉に電話かけることで、庁内の電話交換機が機能しなくなることから通話不能となるのである。その当時はポケベル全盛の時代で携帯電話は無かったこともあり、安否確認のため家族へ電話したのも少なからず含まれていた。災害対応のため優先すべき電話を確保するための対策が急遽なされたことがあったが、経験しないと発見できない問題点を洗い出すためにも、災害発生時の安否確認と通信訓練は重要である。
大人数で情報共有できる「LINE」は、今や月間利用者数9500万人を超える人気のコミュニケーションアプリで、東日本大震災で通信連絡に混乱を生じた教訓から2011年6月に誕生したとされる。現在では災害時の連絡手段は、電話や無線に限らず、SNSや伝言板など各種の手段が利用できるように変化している。連絡手段の多様化に対応する社内の連絡手段(体制)の検討が必要である。
災害対応の司令塔の役割を担当する関係者を集めて行う訓練は限定された人数で行うことができる訓練であるが、災害対策の中枢を担う要員の訓練として特に重要である。この訓練は災害の発生(予想される場合を含む)に際し、災害対策本部(仮称)を立ち上げるところから開始する。この際まず重要なのは、対策本部立ち上げのための要員の確保である。勤務時間中であれば、予め指定した社員の中で所在する者で対応可能であるが、勤務時間外であれば急遽参集を呼びかけることになり困難な対応にならざるを得ない。このためには平素から災害時の初動対処のための要員を育成し、参集の要領を含め事前に訓練しておくことが重要である。
訓練のための対策本部を開設する場所は、災害時に使用する予定の場所が最適であるが、とりあえず関係者が集まれる会議室で、仮設の本部を模擬的に開設して行うのも初期段階の訓練としては有効である。この際、対策本部との情報交換などのやり取りを行う各支店、営業所、倉庫などにも参加を求め、それぞれ対応の窓口を設けて訓練に参加するか、或いは、模擬的に会議室にこれら役割を果たす要員(状況付与係)を指定して訓練する方法がある。前者はホームステーションプレー*とも呼ばれ、より実践的な訓練となる。後者は、関係するプレイヤーが一堂に会して訓練することで関係者相互の意思疎通が容易であり、段階的訓練の初期に適している。また、安否確認訓練に先立って本部を開設し、連絡・通信訓練と並行して行えば、より実践的な本部の活動を演練することができる。
*注;ホームステーションプレーとは、日米共同指揮所演習の方式の一つで、演習参加部隊が1か所に集まってプレーする通常の方式に対して、参加部隊は自分の部隊の基地(駐屯地)から移動することなくその場(ホーム)から参加するもの。参加部隊相互の連絡通信や意思疎通のための面談・調整会議などは制約されるが、より実戦的な方式といえる。
本部の訓練で重要なのは、社員の安否確認に加えて災害対処のために処置すべき事項は何か、「何ができるか?何をすべきか?」を判断するために必要な情報を収集整理することである。社屋や倉庫、車両・駐車場など、および各支店・営業所の被害の有無、さらに電気・上下水道、ガス、トイレなど使用の可否などをまず把握する必要がある。これらの情報は。何時、誰から、どのように提供(入手)可能かを、訓練を通じ検証することが特に重要である。また、収集した情報を整理・分析し、対策本部内で「情報の視える化、共有化」するため、必要に応じホワイトボードなどに表示し、或いは地図上に展開するなどの要領(手順)についても演練しておくことが必要である。
情報の分析結果は、対策本部の意思決定に利用される。時間の経過とともに刻々変化する状況の推移を的確に見積もり、適時適切に判断を下すことが「対策本部が果たすべき基本的な役割」であり、対策本部訓練の中心となるテーマである。本部開設に引き続きどのような判断を下すべきかについては、予め準備された訓練のシナリオによる。津波の恐れや河川の氾濫、崖崩れなどの危険がある場合は、避難誘導の判断であり、木造家屋密集地域の火災による類焼への対応であれば、初期消火や緊急持ち出しなどの判断がある。
どのようなシナリオを準備するかは、訓練の目的をどのように達成するかによって、工夫が必要である。初期段階の訓練であれば状況の推移がわかりやすいシナリオが有効であるが、より実践的な訓練を企図する場合は、状況の推移が不透明なシナリオが、訓練への参加意欲を高めることも期待できる一つの方法である。
当協会は、災害対策本部訓練のためのシナリオを、いつでも提供できるよう各種準備してお待ちしております。お気軽にお尋ねください。喜んで訓練のお手伝いをさせていただきます。
2024年9月10日
一般社団法人 防災訓練士協会
代表理事 安村勇徳
