近年、「レジリエンス(resilience)」がビジネスの現場で注目を集めている。レジリエンスとは「回復力」「復元力」「弾力」などと訳され、心理学においては「精神的回復力」を表す用語であるが、企業防災の分野でも「レジリエンス」という言葉が使われるようになった。防災やBCPの延長として耳にするものの、意義や実務への活用ついては、まだ十分に共有されているとは言えない。本稿では、最近の我が国の災害の特性や国・自治体の動きも踏まえながら、企業防災においてレジリエンスをどう捉え、どのように生かしていくべきかを考えてみたい。
レジリエンスという概念が登場した背景には、災害の姿が変わり防災の前提が変わったことがある。日本はもともと地震や台風、豪雨など自然災害の多い国だが、近年の災害にはいくつかの特徴がある。
その第一は、災害の頻発化・激甚化である。豪雨や台風は毎年のように発生し、地震についても大規模災害の切迫性が指摘されている。
第二に、複合化・連鎖化である。地震と停電、豪雨と物流寸断、災害と人手不足など、複数の要因が同時に起こることで、被害が拡大する。その結果、「自社は直接被災していないのに事業が止まる」というケースが珍しくなくなり、サプライチェーンの途絶、交通網の寸断、通信障害など、影響は自社の敷地外からやってくる。
従来のように、想定された災害シナリオに基づいて対策を講じるだけでは、十分とは言えない状況になっている。
今年、2026年は東日本大震災から15年の節目になる。この大災害が示した教訓は数多くあるが、その最大のものは従来の防災に対する考え方の転換を決定的にしたことにある。
多くの企業がBCPを策定していたが、実際の災害では「計画通りに動けなかった」という声が数多く聞かれた。想定を超える被害、長期化するライフラインの停止、防災担当者自身の被災などにより、計画の前提がことごとく崩れたからである。また、部品や素材を供給する一部の企業が被災したことで、国内外の工場が連鎖的に停止するなど、サプライチェーンの脆弱性も浮き彫りになった。
この経験から、「すべてを想定することはできない」「重要なのは、想定が外れたときにどう動けるか」という認識が広まり、レジリエンスという考え方が企業防災の場において注目されるようになったのである。
レジリエンスとは、災害や危機に直面しても、機能を完全に失うことなく、形を変えながら事業を維持し、回復していく力を指す。被害を受けない強さではなく、被害を受けても致命傷にならない「しなやかさ」と言い換えることもできる。この点で、レジリエンスは従来の防災やBCPを否定するものではなく、むしろ、それらを包含し、「計画が通用しない状況でも判断を止めない組織をどうつくるか」という、より実践的な問いを企業に投げかける概念であると言えよう。
国や地方自治体も、こうした現実を踏まえ、防災・減災の考え方を転換している。「国土強靱化(ナショナル・レジリエンス;National Resilience)」や「レジリエンス強化」といった政策は、災害を完全に防ぐことではなく、社会や地域の機能を維持し、早期に回復することを重視している。近年議論が進んでいる防災庁構想も、縦割りを超えた司令塔機能を整備し、事前防災から復旧・復興まで一体的に進めることを目的としている。つまり、レジリエンスは一部の企業や専門家だけの概念ではなく、社会全体の前提条件になりつつあると言える。
企業がレジリエンスを高めるために、必ずしも大きな投資や複雑な仕組みが必要なわけではない。重要なのは考え方である。企業防災におけるレジリエンス実践の視点から、要点を整理すると、
第一に、何を守るかを絞り込むこと。災害時にすべての業務を守ろうとすれば、判断が遅れ対応は後手に回る。最低限維持すべき事業や取引を明確にし、優先順位を共有しておくことが、迅速な意思決定につながる。
第二に、判断を止めない体制を整えること。詳細なマニュアルよりも、「誰が、どこまで判断してよいか」を明確にしておく方が、実効性は高くなる。正解が分からない状況でも動けることが、レジリエンスの核心である。
第三に、社外とのつながりを防災力として捉えること。取引先、同業他社、自治体、金融機関との関係は、平時だけでなく非常時にも企業を支えるステークホルダー(Stakeholder)である。顔の見える関係性そのものが、重要な防災資産となる。
このようなレジリエンスは、「企業の評価を高める重要な評価要素」である。近年、企業の防災対策は「有無」ではなく「適否」が問われるようになっている。災害時にどのような判断をし、どのように事業継続や情報発信を行ったかは、取引先や金融機関、地域社会からの評価に直結する。レジリエンスを高める取り組みは、非常時の備えであると同時に、平時の信頼を高める経営行動でもある。災害に遭っても誠実に対応し、立ち直ろうとする姿勢は、結果として企業価値を押し上げることとなる。防災を「コスト」ではなく、「評価と信頼を高める投資」と捉える視点が、今後ますます重要になるものと思われる。
近年の我が国の災害は、頻発化・激甚化に加え、複合化・連鎖化という特徴を持っている。地震や豪雨そのものの被害だけでなく、停電、通信障害、物流の停滞、人手不足などが同時に発生し、直接被災していない企業でも事業が止まる事例が増えている。こうした状況では、従来の「想定された災害への備え」だけでは十分とは言えない。防災の前提そのものが変わりつつあるからである。災害の多い時代において、企業の真価は平時ではなく非常時に問われると言っても過言ではない。防災レジリエンスとは、特別な対策ではなく、日々の経営の中で「止まらないか」「戻れるか」を考え続ける姿勢そのものともいえよう。
関係企業の各社が、それぞれ自社なりのレジリエンスを高めていくことが、結果としてサプライチェーン全体、ひいては地域社会の「強さ」や「しなやかさ」につながることになります。本稿が改めて貴社の防災と経営を見つめ直すきっかけとなれば幸いです。
2026年2月10日
一般社団法人 防災訓練士協会
代表理事 安村勇徳
